社員のやる気を引き出す経営

「未来工業では1年間に約1000件を社員が出します。自分たちが要求するわがままを経営陣が「社員の幸せのために」と聞いてくれるため、それを可能にする状況を自分たちで作らなければと自覚して、新商品のアイデアを次々とだすのです。」(『会社は家族 社長は親』51頁)

以前、未来工業の社長の講演会を聴いた際に、こうした経営を可能とするための秘訣をいくつかお伺いしました。

「人は管理しないのが良い。大枠だけ余裕を持って決めて社員のやる気、自主性に任せる」
「社員は「やれ」といわれるとやらない。「やるな」というとやる」
「上司は部下から不平不満を言われたら「負け」。上司は部下から尊敬されるように自己研鑚が求められる」
などなどです。

こうしたことを経営で実現するためのさまざまな仕組みが未来工業では実践されています。

興味のある方はお問い合わせください。


中小企業の国際輸送管理(1)

東関東大震災、歴史的な円高など、さまざまな要因が重なって、大手メーカーの海外移転が進んでいます。今までと異なるのは、以前は移転後、日本国内でも新規投資が行われていましたが、現在は新規投資が行われない点です。文字通り、海外に工場を移転している状況です。それに伴って、中小企業も海外への進出や移転の必要に迫られています。

海外進出にあたって注意すべき点は非常に多くありますが、国際輸送の側面からは下記の事項に注意するべきです。

1.輸送コスト

2.輸送期間

3.手続きの煩雑さ

それぞれ非常に多くの要素を含む内容です。例えば、一言で輸送コストといっても、日本や第三国からの調達品があれば、それらの輸送コストを検討する必要があります。日本からの輸出の輸送費用だけでは不十分です。

ちなみに日本へ製品を戻す(日本からすれば輸入)とすれば、その運賃も考える必要があります。さらに輸出と輸入でコストもまったく異なることに注意が必要です。




中小企業の物流改善(5) 在庫は必要悪

今更触れる必要もないことかもしれませんが、在庫は必要悪です。この点を明確に意識しているかどうかは非常に重要点です。改善するための動機づけともいえます。

在庫は顧客サービスの視点からすれば必要ですが、在庫をもつ企業にとっては費用発生を招くため、できるだけ少ない方がベターです。

費用発生の理由にはさまざまなものがありますが、大きく分類すると下次の点ではないでしょうか。

・在庫品目の売価下落や品質劣化、陳腐化
・在庫品目の不良資産化による廃却損発生
・在庫に投資した資金の固定化と金利負担
・在庫保有コスト(荷役費、倉庫費、情報システム費など)

在庫はお金が変わったものです。在庫を持つことは、利子をつけてお金を預けているようなもので、さらに長期になれるとお金がなくなってしまう危険性も高いということです。

こう考えるとできるだけ少なくしたいと思いますよね。




日本的経営の基礎構造(3)

木と鉄の文化

 照葉樹林文化にみられるように照葉樹林の育む極めて豊かな森林資源や、豊かな海に囲まれて、農業だけではなく漁業や林業など日本には多くの生業が営まれ、それを江戸時代までは「百姓」と総称された。

江戸時代までの「百姓」はけっして農民だけでなく、商人、船持、鍛冶、大工などきわめて多様な生業を営む人々が含まれていた。儒学の影響を受けた官僚の多い明治政府において「百姓=農民」が制度化されたのである。人口の80?90パーセントを占めるとされた「百姓=農民」のうち実は約40パーセントは農業以外の生業に携わる人々であった。

 富山県桜町遺跡から木材を精密に加工し組み合わせた、のちの法隆寺の建築にも用いられたという高度な技法のあったことを証明する縄文時代の建築部材が発見された。これは、縄文時代の人々がこれまで予想されていなかった高度な建築技法を身につけ、住居の樹木による建築がふつうの人々によって日常的に行われていたことを示唆していた。どれほど日本人が樹木に大きく依存して生活してきたのかを再認識する発見であった。

 現在でも「日用大工」がふつうのひとびとの生活に広く浸透し、また、最近まで小学校から高校までの教科の中に大工の工作がくみこまれていたように、いまも日本の社会の中に生きつづけている。神業といわれるほど日本の建築職人の技術は、こうした百姓的な建築技術の広い基盤に支えられて開花したものと考えられる。

 15世紀になると木曽・飛騨の山は東西の大寺院の造営に用材を供給する木材の大産地となっているが、14世紀以降、列島各地に都市が発達するようになるとともに、家屋、自社の建築も活発化し、材木に対する需要も急増、河川を流される木材も著しく増加した。都市の発達とともに、各地の山々で、林業が巨大な産業として発展を遂げていった。そして木材の輸送路としての河川を通じて、こうした山々は海と不可分の結び付きを持ち、自らを広い世界に向けてひらいていた。実際、木材は列島から大陸に、平安時代後期からさかんに輸出されていたのである。

多くの農民が従事した稲作は高度な土木技術と水利技術が要求される高度な農業形態である。寒冷地域の多い日本で恒常的に生産するには技術面からの支えが必要であった。それが製鉄技術、鉄の加工技術であった。日本列島に稲作が普及していくには鉄の技術が必要であったのである。

 中世までは日本の製鉄はまだ原始的な小規模分散的生産の段階にとどまっていたが、室町時代になると、急激に、とりわけ中国山地で進歩をとげる。製鉄の過程で幻聴の砂鉄を溶解・還元させるためには大量の木炭が必要になるが、この地域は良質な砂鉄を生産するだけでなく、木材資源にも恵まれていた。古くから「たたら製鉄」技術が行われていたが、室町時代ころには、それが技術的に成熟するとともに、砂鉄の採取方法でも「鉄穴(かんな)流し」という技術革新が進んでいた。「たたら製鉄」や「鉄穴流し」は海外ではほとんど見られない製鉄技術である。日本の鉄文化は単なる移入文化の域を超え、独自の展開を見せるようになった。

 加工技術で独自展開したのは中世の刀剣の鍛造である。日本刀は鍛造技術の結晶とも言えるものだが、刀剣技術がほぼ完成したのは鎌倉から室町時代にかけてであった。とくに、室町幕府は、明との貿易で刀剣を主な輸出品とし、莫大な利益を上げた。この時期、日本は世界的な武器輸出国だったのである。

 明治期、近代製鉄が日本に本格導入されてからわずか100年で日本の製鉄技術は世界一なったが、こうした背景には日本で古代から培われてきた製鉄や加工の技術、そして導入された技術に改良を加える創意工夫の積み重ねがあったことは否定できない。

 さらに、こうした技術の発展の背景には、明治維新に先立つおよそ300年に近い平和という大きな要因があった。こんなに長く継続した平和は世界の歴史上に例がない。室町幕府以降の内戦のために混乱した社会で滞りがちであった、学問、英術、工芸、商業、産業すべての部門にわたる文化的経済的な遅れを江戸期に取り戻すことができた。鉱山開発や新田作りのための土木技術などさまざな技術が盛んになったが、それらすべては江戸時代において限界に達し、さらなる新段階に飛躍するにはなにか新しい刺激が必要になっていた。その刺激とはヨーロッパ文化に他ならなかったことは当時の知識人たちは気付いていた。


「世のため人のために」を考える会社に人はあつまる

「最近は買い物でも、品揃えが豊富、値段が安い、駐車場が広いといった理由でなく、「あの会社は、いいことをやっているから」という理由で店を選ぶ人が増えています。・・・自分たちが儲けるためでなく、会社のため、なかでも社会の弱き人々のためにやっている。そういう会社の商品を買いたいと思い、また就職したいと思う。これは、いままでの経営学にはなかったことです。」
『会社は家族社長は親』坂本光司・渡邉幸義著 PHP研究所 229頁

障がい者を積極的に雇用しながら増収増益を続ける企業の経営について紹介した本の一説です。障がい者を雇用することがどれだけ企業経営にメリットを生むのか詳しく書かれていて、驚くと同時に、感動を覚えました。

環境関連商品などもそうだと思いますが、消費者の購買意識などはいままでのコスト優位、価値優位だけでは簡単に割り切れない状況です。考えてみれば、価値というのは人によって異なるわけですから、必ずしも金銭的な価値だけを表すわけではなく、社会・道徳的な価値判断もあり、そうした側面を重視する人々も多く存在するのは事実です。

よい社会にするためには、金銭的な側面だけではなく、社会にとって良いことをする企業、特に中小企業が存続し、さらに増えることを望みたいと思います。そのためのお手伝いを続けてゆきたいと思います。




中小企業の財務改善 損益分岐点分析(4)

コスト削減策には、固定費削減と変動費削減があります。

固定費は自社内部で行えるものですから、削減を実際には、固定費削減の方が取り組みやすいといえます。ただしある程度取り組むと限界が生じるのも事実です。そのため変動費の削減も課題となります。

また固定費と変動費の削減では、変動費の削減の方が損益分岐点を低下させるという点では、効果が大きいと一般的には言えます。

製造業の場合の変動費をもう一度見てみましょう。

  変動費   直接材料費、買入部品費、外注費、間接材料費、そ
        の他直接経費、重油等燃料費、当期製品知仕入原
        価、当期製品棚卸高―期末製品棚卸高、酒税。

材料費、部品費、外注費など固定費同様に、例外なく徹底的に内容を見直すとともに、調達先、外注先とは粘り強く、交渉を続けることが必要です。


ビジョンの伝達と権限委譲

「全社員に責任を分散し、ビジョンを伝えれば、彼らにより重い責務を
課することになるのは明らかだった。情報をもたない者は責任を負うことはできないが、情報を与えられれば、責任を負わざるを得ない。従業員は、私たちのビジョンを理解すると、熱意をもって責務を引き受け、いっせいに多くの目覚ましい成果を上げた。・・・
 実際、私たちのアイデアは、目覚ましいものではなかった。…私たちが実施したアイデアの多くは、すでに研究報告としてまとめられていた。」(ヤン・カールセン『真実の瞬間』39頁)

小学校で朝礼があります。子どもたちは聞いていないようで良く聞いて、できるだけ守ろうと頑張ります。

これは大人でも同じです。こうした当たり前のことを地道にやっている企業が強く、素晴らしい成果を上げることは事実です。

当たり前のことを、当たり前に、愚直にやり続けること。これが一番大切です。


真のビジネス・リーダー

「新しいビジネス・リーダーとは、他人の意見の聞き役、意思伝達者、人材教育者であって、自らすべての意思決定を行うというよりは、むしろ適正な環境を作り出すことのできる、人々をやる気にさせるオープンな経営者である。
 かつては、そのような手腕は女性に特有なものとみなされていた。昔の農業社会では、家族と共同体との良好な関係の維持は女性の役割だった。しかし、その女性の直観力と他人に対する思いやりは、今日の経営者にとって必須の資質なのである。だが残念なことに、それは一朝一夕に身につけられるものではない。」(ヤン・カールセン著『真実の瞬間』ダイヤモンド社1990年51頁)

現在のリーダーシップ論では、傾聴やフォロワーシップなどがよく説明されます。一昔前とはかなりことなります。

「女性の直観力と他人に対する思いやり」の部分を読んでなるほどとおもいました。現在の日本のような成熟した社会で、サービスが重視される経済状況では、女性的な感性がとても重要となるのだと思います。女性の活用は非常に重要な経営テーマだと再認識しました。


中小企業の財務管理 損益分岐点分析(3)

損益分岐点の改善方法

損益分岐点分析により、黒字化するために必要となる売上高(損益分岐点を上回る売上高)が分かります。

対策には、売上高を上げるのが一番簡単のようですが、顧客もあり、直ちに効果を生むことはできません。

一方で、変動費や固定費は自社の内部のことなので、これらを削減することによっても、現在の売上高のままでも損益分岐点を下げることができ、ひいては黒字化することができると理解できると思います。

ここが、損益分岐点分析の一番重要なところです。

売上高を上げなくても、黒字化を達成することができるのです。あたりまえのようですが、数値でみれば、どの程度変動費や固定費を削減すれば良いか、シュミレーション可能ですから、やる気も起きると思います。

まずは、固定費を良く見直しことが重要です。

もう一度、固定費を見直してみたいと思います。

【製造業】
  固定費   直接労務費、間接労務費、福利厚生費、減価償却
        費、賃借料、保険料、繕料、水道光熱費、旅費、交
        通費、その他製造経費、販売員給料手当、通信費、
        支払運賃、荷造費、消耗品費、広告費、宣伝費、交
        際・接待費、その他販売費、役員給料手当、事務員
        (管理部)・販売員給料手当、支払利息、割引料、
        従業員教育費、租税公課、研究開発費、その他管理        費

労務費、福利厚生費はなかなか難しいので、他の部分から、聖域を設けずに見直すことが必要だと思います。

水道光熱費、旅費、通信費、支払運賃、荷造費、広告費、宣伝費、交際・接待費など。いかがでしょうか。まだまだ見直せる部分がおおいのではないでしょうか。


日本的経営の基礎構造(2)

災害列島

日本は豊かな自然を持つ反面、自然的、地理的な条件から自然災害が多い。日本的経営の形成の基盤となった江戸期を例にあげると、江戸期は小氷期とよばれる地球的規模の気候寒冷化の時代であったが、その被害が顕著になったのは、寒冷化の第二ピークとなった宝暦・天明(1780年代)・天保期を中心とする18世紀中期から19世紀中期のほぼ1世紀であった。
江戸時代の特徴は土地に物的生産の基礎を置く社会であったこと、耕地や森林など土地の生産物が人々の日常生活を支え、風や水という自然力に依存する社会であった。そのため稲作を基礎とする農業社会にとって問題となるのは、冬の寒さと降雪よりも冷夏や長雨による日照不足と低温であり、それがもたらす飢饉であった。ただ凶作には同じ地方であっても地形などの違いから、地域差があった。
さらに社会的な要因として、日頃の備えが飢餓の有無を左右するという現代的な要因や、隣接地域、例えば隣の藩からの救済措置が取られなかったというような江戸時代特有の要因もあった。
都市化が進み、人口が密集するにともない、地震や火事などの被害が大きくなる。これは現代にも通じることで、江戸時代においても人口増加と耕地開発により生活圏が拡大したことが災害による被害規模が拡大した。
江戸時代は階級社会であった。人口現象も階級社会の影響を大きく受けた。多くの農村で上層農民は下層農民より、女性のどの年齢階層でも出生率は高かった。階層間格差によって、上層農民では早婚と多産によって家の存在が確実に行われ、さらに分家を出したり、養子に出すことでその家系を拡大することができたのに対して、下層農民ではしばしば家を継ぐ子供を確保することに失敗して絶家となって家系が消滅することも珍しくなかった。減少した下層人口を上層から下降した家族が埋め合わせたのである。出生力の階層間格差は結果的に農民層の分解を阻止して、農村社会の安定を保つ機能を果たした。
日本社会の特徴として、農家の世帯は直系家族制をとることを規範とする制度であったから、少なくとも跡継ぎ要員と目される子供はーしばしばそれは長男であるがーどれくらい賃金を得られるかとは無関係に、婚期が決定される傾向にあった。跡継ぎ要員は土地と屋敷を親から自動的にそっくり継承することがきまっているから、結婚のタイミングを決めるのは、確実に子孫を残すために何人の子供を産まなければならないか、という人口学的要因のほうが重要であった。
全国的な人口は1600年頃で1500万人、1720年頃には3200万人と寒冷化は17世紀から起きていたにもかかわらず人口は成長を続けた。しかし18世紀になると一転して減少に転じる。それは18世紀が寒冷化の極であったうえに、3000万人を超えた人口が、日本列島の収容力の限界に近づいていたことが要因であろう。事実、1870年頃でも3300万人と1720年以降150年間はほぼ横ばいであった。経済発展による過度な開発の結果、列島は気候変動を吸収するだけの余力を失っていたのである。


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